食べ物を口に入れたとき、すべての種類の味を舌上で同じように感じるわけではありません。
それぞれに味に対する感覚はその味の種類によって舌の感受性が高い部位が異なっており、それぞれの味に特に敏感な舌の部分があります。
味覚の受容器は味覚細胞の細胞膜上に発現している化学受容体です。
食物中の味分子が唾液等の液体に溶け込んで味孔から味蕾に入り、味覚細胞上の受容体に作用します。 この刺激が受容体電位を生み感覚神経のアクションポテンシャルとなり、中枢へシグナルとして伝達されます。
味覚はその種類によって感覚を伝えるシグナル伝達系が違います。
◎味覚受容器(味分子が作用する場所)
味を感じるには食物の中にある味覚を感じさせる化学分子(塩辛さのナトリウム分子など)が味を感じる細胞に作用することが必要です。
実際に味を感じるのは舌の表面近くにある味蕾(Taste buds)という味覚の受容器です。
味蕾は直径約50マイクロメートルで、舌の表面に対して味孔という孔が開いています。
この穴から味の化学分子が入り込みます。
味蕾の中には基底細胞、支持細胞および味覚細胞という異なった種類の細胞があります。この中で味を感じることができるのは味覚細胞です。
さらに拡大するとこの味覚細胞の細胞膜表面に味分子の受容体が発現しています。
よく感じるために基底細胞の分化によって絶えず新しい味覚細胞が作られており、味覚細胞の寿命はほ乳類で約10日です。
舌以外でも咽頭、喉頭等でも味覚を感じることができ、口腔、咽喉頭等、全体で10000個以上の味蕾があります。
一つの味蕾には約50本の感覚繊維が分布しています。
1つの神経線維は平均5個の味蕾に分布しています。
低濃度の化学(味)刺激ではそれぞれの味蕾はそれぞれの味に敏感ですが、高濃度刺激では2つ以上の味に反応します。
食物の味の情報は舌上の味蕾から感覚神経線維を通って脳へ伝達されます。
その際、舌の部分によって伝達される神経が違います。
舌の前三分の二の感覚は舌神経から鼓索、顔面神経(Facial nerve:VII)を通り、孤束核に入ります。後ろ三分の一は舌咽神経(Glossopharyngeal nerve:IX)を経由して孤束核に入ります。
その後、一部の繊維は唾液分泌、嘔吐等の反射を誘発する脳幹の他の部位に投射し、他の繊維は視床を経由して大脳皮質体性感覚野の下部(味覚野)に投射します。
一般的に苦さに対する感覚の閾値は甘さや辛さに比べて小さく、敏感です
また、年をとるにつれて味覚の閾値は上昇します(味に対する感覚が鈍くなります)。 味覚の閾値には大きな個人差があります。
実際に食物を食べた時の味というのはこれらの味覚の単なる混合ではなく、香り、温度、歯ごたえ等他の感覚を総合したものです。
これらの脳内で統合されて生じる快感、不快感がおいしさでありまずさなのです。
抗不安剤として使われるベンゾジアゾピン誘導体には、おいしさと食欲を増進させる作用があります。 また、モルヒネなどの麻薬は、陶酔状態を生み、連用後の遮断による禁断作用を生じさせます。
おいしさの発現から「やみつき」に至る過程も同様の現象と考えられ、体内の麻薬様物質の関与が予想されています。
実際、麻薬様物質のβ-エンドルフィンは、糖などの甘み物質を摂取したときに、血中や脳脊髄液中で最も増大します。
また、ドーパミンはおいしさそのものよりはむしろ報酬を得ようとする期待や欲求に関係するとのことです。
つまりおいしさや満足感のの発現には、ベンゾジアゾピン誘導体や麻薬様物質が関係し、もっと食べたいという欲求にはドーパミンが関係しているということです。
まとめると次のようになります。
おいしいものを食べると思わず笑顔が出てきますね。
そのとき、脳の中では、ベンゾジアゾピン(抗不安薬)、β-エンドルフィン(脳内麻薬様物質)が出ています。
甘いもの(甘味)、旨いもの(うま味)を
味わったときに、これらの物質は出るそうです。と同時に消化管の活動が活発になり、お腹いっぱいのつもりでも、「別腹」の状態になり、ついデザートのケーキを食べることになるのです。
キムチなどの辛いものを美味しいと感じるのは、辛さ(痛み)をやわらげるためにβ-エンドルフィンが出るためだそうです。
(1)塩辛さ:塩からさはナトリウムイオンと関係があります。
ナトリウムイオンが味覚細胞の分布するナトリウムチャンネルを通して細胞内に流入すると脱分極がおこり、さらに電位依存性(Voltage gated)のナトリウムやカリウムのイオンチャンネルが開いてアクションポテンシャルが発生し、塩辛いという感覚が伝達されます。
アミロライド(Amiloride)という物質はこのナトリウムチャンネルをブロックするので舌に作用させると塩辛さを感じなくなります。
アミロライドが効かない塩味のチャネルも存在しているようですが、その正体は明らかではありません。
その他にカリウムイオン(K+)なども塩味を引きおこしますが、そのメカニズムについても明らかではありません。 辛いという感覚は舌の前側部に敏感な場所があります。
なお、Leslie Stein氏らの研究によると、健康な生後2カ月の乳児80例を対象に検討したところ、体重が軽い児の方が塩味を好む割合が高いことがわかりました。
この種の研究は、塩味の嗜好および摂取量に影響を及ぼす潜在的な諸因子の理解を深める一助となるものです。 この得られた結果は、高血圧の発症および持続因子と考えられている食塩の摂取量を抑えるためのプログラムを開発するうえで有用な情報となります。
もっとも、ヒトは本質的に塩味を好むものですが、塩味を確認し好ましいと判断する過程の機序については、科学的知見が未だ得られていないと言います。
(2) 酸っぱさ:酸っぱさは水素イオンによって活性化されるチャンネル(H+ gated cation channel)によって味覚細胞が脱分極し、アクションポテンシャルが発生します。 またdegenerin-1という蛋白もこの感覚に関与していると考えられています。
その他の場合も陽イオンが細胞の中に溜まることによって細胞は興奮し(脱分極)、酸味を引きおこします。
また、水素イオン(H+)が細胞の突起からではなく、口の中と味細胞との環境を分けている壁(密着結合帯)を通ることもすっぱさをおこすひとつの原因であると考えられています。
すっぱさは舌の側部に敏感な場所があります。
(3)甘さ:甘味は、天然糖(ショ糖、ブドウ糖、果糖など)や人工甘味料(サッカリン、アスパルテームなど)などの物質が苦味と同じように味細胞表面のGタンパク質共役型受容体(GPCR)に結合することよって引きおこされます。
マウスやヒトで発見された三つのGタンパク質共役型受容体(T1R1、 T1R2、 T1R3)は約五七〇個のアミノ酸からなる長い細胞外領域を共通の構造としてもっており、T1Rファミリーとよばれています。
培養細胞にこれらの遺伝子を発現させて調べた結果、それぞれ単独では甘味物質に対してまったく反応しなかったのに、T1R2とT1R3をいっしょに発現させると反応するようになることが明らかになりました。
このことからT1R2とT1R3のヘテロ二量体が甘味の受容体として働いていると考えられています。
甘いという感覚は糖以外にも、グリコール、ケトン、アルコール、アミノ酸等さまざまな物質によって起こります。甘さに対する感覚は舌の先端部に敏感な場所があります。
(4)苦い(Bitter) :キニン、ニコチン、カフェインなどアルカロイドや窒素を含む有機物等によって起こる感覚です。
動物は特に苦いという感覚に敏感です。
これはたとえば植物の毒素の多くはアルカロイドであるからであるという説があります。
苦いという感覚は舌の奥の方が敏感です。 苦味は、植物アルカロイドやカフェイン、デナトニウム、シクロヘキサミドなどの物質が、イオンのように味細胞の中へは入らずに、味細胞の舌表面にあるGタンパク質共役型受容体(GPCRと略されます。細胞膜を七回貫通する構造をもっており、Gタンパク質といっしょに働きます)に結合することで、味の情報が伝えられます。
(5)うま味:うま味は、アミノ酸であるグルタミン酸(MSG)などが苦味や甘味と同じようにGタンパク質共役型受容体(GPCR)に結合することよって引きおこされます。 最初に報告された、うま味に対するGタンパク質共役型受容体は、脳に発現する代謝型グルタミン酸受容体(brain-mGluR4)の細胞外領域が約半分に短かくなったタイプ(taste-mGluR4)です。
その他には甘味にも登場したT1RファミリーのT1R3がT1R1とヘテロ二量体をつくってその受容体として働いていることが明らかにされました。
うまみの素はアミノ酸や核酸などです。
アミノ酸はたん白質の構成要素で、核酸はエネルギーを蓄える「ATP」が分解された物質です。
生体がそれらを欲するため、「美味しい」と感じられるのだと考えられています。
ちなみに、ライオンが獲物の内臓から食べ始めるのは、以下の理由からだそうです。 「野生のライオンはまず、捕らえた獲物の膵臓、小腸や肝臓などを食べます。
これらの臓器には、筋肉の部分にくらべてたくさんのアミノ酸が含まれているのでおいしいのです。
ライオンが去って2〜3日経つとハイエナなど他の動物たちが獲物の筋肉の部分を食べにやってきます。
ちょうどこのころ、筋肉のたん白質の分解がすすんでアミノ酸や核酸が増え、肉が一段とおいしくなるのです。
また、私たちが食べるお刺身も、あまり新鮮すぎるとかえって味がよくないと言われることがあります。
これも同様の理由です。
魚はしめてから12〜24時間経ったころにアミノ酸や核酸が増え、うま味がピークになるのです。
うまみ要素は現在30種類ほど知られています。
そのうち代表的なのが次の3つです。
「グルタミン酸」:昆布、チーズ、味噌、醤油、トマトなどのうまみ
「グアニル酸」:しいたけ、えのきだけ、豚・牛・鶏肉などのうまみ
「イノシン酸」:煮干、鰹節、あじ、さんま、豚・牛、えびなどのうまみ
◎うまみの相乗効果
「グルタミン酸」「グアニル酸」「イノシン酸」と異なるうまみを組み合わせると「うまみの相乗効果」が起こり、うまみが飛躍的に膨らみます。
なかでも昆布+椎茸の組み合わせが抜群です。
昆布のうま味成分「グルタミン酸ナトリウム」はアミノ酸系で、椎茸の「グアニル酸ナトリウム」および肉・魚の「イノシン酸ナトリウム」は核酸系です。
このアミノ酸系と核酸系が合わさると相乗効果が起きます。
そのため、椎茸と肉・魚の組み合わせでは相乗効果は起きません。
◎こく
「こく」は味の立ち上がり、奥深さ、味の広がり、強さを増強すると共に、持続性を高める作用があります。
また、嫌な味を抑えて、好ましい味を強めるといったバランスのとりかたも含みます。
「こく物質」としては、アリイン、S−プロペニルシステインスルホキシド、グルタチオンなどの含硫物が注目されています。 これらは、にんにくやたまねぎを調理したときの「こく」の元になる物質と考えられています。
大阪大学の山本隆教授の研究によれば、グルタチオンをうまみ物質に添加すると、味覚神経応答は増強し、高まることが証明されています。
今後の研究が待たれます。
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