よく考えましょう



虫歯は歯を持つ生物にとって宿命的病気なのでしょうか。

まず野生動物には虫歯はありませんが、ペット化した動物には虫歯が頻繁に見受けられる事実はあります。

次に人類の歴史を振り返って見ると、約500万年前に人類の歴史がはじまったとして、狩猟採取生活を行っていた化石人類には虫歯は発見されていません。

最も古い虫歯らしきものは約20万年前のホモサピエンス・ネアンデルターレンシスで見つかっていますが、頻度は極めて少ないといえます。

比較的高い頻度で虫歯が見つかるのは農耕や牧畜により食料を生産し、それを加工する技術を持つようになった約1万前以降の人類においてです。

加工デンプン質に偏った食性をとることになったことは、柔らかく粘り気があって歯に停滞しやすくなる食物を常態的にとることでした。

そして虫歯の大流行ともいえる頻度で発生したのは、16世紀の砂糖の大量栽培と世界流通以降のことなのです。

つまり虫歯はヒトに特有の病気であり、その食生活の変遷と密接な関係があることがわかります。

発酵性糖類を摂取すると、歯垢中の細菌はその代謝回路を変えて脱灰力の強い乳酸を産生します。

そして歯垢内pHが5.5(臨界pH)以下になると脱灰が起こり始め、虫歯が始まります。

糖の供給がなくなると歯垢中の細菌は再び代謝回路を変えて乳酸の産生をやめます。

すると唾液には緩衝作用があるので、歯垢pHは再び上昇に転じます。

そして中性環境になると、歯垢中あるいは唾液中のリン酸とカルシウムによって脱灰を受けた歯質は修復(再石灰化)されます。

脱灰と石灰化の均衡が保たれているうちは、虫歯は進行しないと考えられます。

しかし糖質の摂取頻度が高くなり、脱灰に対して再石灰化が追いつかなくなると虫歯になると考えられています。

虫歯予防の基本は「糖質の摂取頻度を低く抑えること」にあります。

「だらだらと頻繁に、食べたり飲んだりしないこと」と言い換えられます。

特に睡眠中は唾液の分泌が減って防御機能が働かないので、就寝前には飲食しないことも大切です。

それで「虫歯は夜つくられる。」などと言われるのです。

一日三度の食事程度の摂取頻度では、脱灰と再石灰化の均衡の範囲内で収まりますので、虫歯の原因になるとは考えられません。

問題になるのは間食として摂取する砂糖なのです。

これも一日一回決まった時刻にしかおやつを食べないという人なら虫歯の危険性はほとんどないでしょう。

しかし砂糖を含むアメやガムや清涼飲料水などを無制限に食べたり飲んだりしていると、虫歯の危険度は飛躍的に増大します。

乳児用のミルクも同様で、「哺乳瓶齲蝕」といって、離乳期、歯が萌出してからも、哺乳瓶で授乳を続けていて虫歯ができてしまった例が報告されています。

また、いわゆるスポーツドリンクも5〜6%の発酵性糖類を含んでおり、歯垢pHは下がりますので注意が必要です。

虫歯にならない製品を一般人が見分けることは不可能でしょう。

現在市場に出回っている商品の表示がいい加減なのです。

「砂糖不使用」と表示しながら砂糖以外の酸産生能のある糖を加えているものがあります。

虫歯予防のイメージの強いキシリトールを配合と銘打ちながら、ショ糖を含むもの、ウーロン茶由来のGTP阻害剤を配合して「歯に安心」と表示してショ糖を含むものなど限りがありません。

これらは全て虫歯を誘発する可能性があります。

また食品栄養表示基準制度の規制による「シュガーレス」の表示があっても齲蝕誘発性がないとはいえません。

この制度では糖アルコールを除く単糖類(蔗糖:砂糖、ぶどう糖、果糖、グルコ−スとフルクト−スの混合物)と二糖類(キシリトール、マルチトールなどの糖アルコール以外のもの)が0.5%未満含む食品と定義されています。

たとえ「シュガーレス」であっても一部には酸産生の基質となりうる三糖類や多糖類を含む食品もありますので、必ずしも齲蝕誘発性がないとは言い切れないのです。

間食には歯垢のpHを低下させないようなものを食べるようにして、歯垢のpHが低下する頻度を下げることでむし歯を予防しようとする試みがあります。

歯垢のpH変化を測る方法である「電極内蔵法」を使います。

入れ歯の中に小さなpH電極を入れ、数日間かけて、その上に歯垢をつくらせてから、種々の食べ物を食べて歯垢pHの変化を連続的に測定する方法です。

この方法を用いて、歯垢のpHを30分以内に5.7より低下させない食品に図のような「歯に信頼マーク」をつけることが許可されます。

つまり食べても虫歯にならない食品の保証マークとも言えます。



歯垢のpHが約5.5以下になると歯が溶け出しますから、間食には「歯に信頼マーク」をついたものを食べるようにし、それによってむし歯を予防しようとするものです。

「歯に信頼マーク」を付ける食品は、間食に食べるスナック菓子類に限られます。

日に3度の食事の時に歯垢のpHが下がるのはやむを得ないとして、食事と食事の間には、歯垢のpHを下げさせないようにして、歯の修復を助け、むし歯の発生を減少させようとするのです。

歯科医学研究者、歯科医師などが主導する、非営利団体の国際トゥースフレンドリー協会(Toothfriendly Sweets Intenational)がこれを統括しています。

喉の炎症や痛みをやわらげるためのトローチ類も長時間口の中に入っていますので、歯垢のpHを長時間低下させ、むし歯を起こす危険があります。
ヨーロッパでは、これらのものにも、「歯に信頼マーク」を付けて市販されています。

残念ながら、日本のトローチ類のほとんどは砂糖などを含み、むし歯を起こす危険があります。

この危険を消費者が知らないため、信頼マーク入りのものを販売して、差別化の競争を図る必要がないからでしょう。

ヨーロッパでは、子供に飲ませるシロップ系の感冒剤がむし歯を発生させるとして、これにも代用甘味料を使っています。

ことに、子供は薬を飲んだあと眠ってしまうことが多いので、むし歯の危険が大きくなります。

シロップを添加されたこのような薬は、図のように歯垢のpHを低下させます。その後に歯垢のpHを上げようと水でうがいをさせても、歯垢のpHはなかなか回復しませんでした。



トローチやシロップも飲んだ後にはよく歯磨きをする必要があるのです。

少なくとも、1日中だらだらと甘いものをとる食生活だけはぜひとも避けてください。

成人では砂糖入りのコーヒーや紅茶は頻繁には飲まないようにして、修復機能が働くように気配りしてください。